神奈備の静けさの中で
“畏敬の念”この言葉は私が社殿を設計すると心構えとして重きを置いてきた理念です。私たち日本人は神を大切に崇めてきました。そして自然とともに信仰を持ち続けてきました。しかし最近、此の国にはその畏敬の念が薄くなってきているような気がしてなりません。
国に対する意識の稀薄は同時に信仰心をも稀薄にさせています。古代より自然の大きな力をよりどころにしてきたこの国の民は、神の存在をも稀薄にさせているようなそんな懸念さえ感じます。
今回の社殿の改修において“神と人の間”をどのようにかたちに表現していくかを大きな課題としました。
その表現は屋根の勾配、飾り金物、破風周りを特に重点的にかたち造りました。また本殿と拝殿の屋根周りとその他、重要な木部には彩色を施す事にしました。偶然だと感じていますが私自身が二度ほど彩色の施された岩津天満宮を夢見たのです。
その後、宮司にお尋ねしたところ、服部長七翁が再興された本殿が朱塗りであった事がわかり何か自然に彩色を施す意識になるべく、お力を頂いているような気持ちになりました。
そして此の事を重視し、出来うる範囲に彩色を施しました。既存が全て木材の生地のままでしたので、どのように調和させていくか難問を背負うことになりました。
朱は本来水銀等が混入されている為、国の文化財クラスでは使用を認めていません。其の為代用品として弁柄(酸化鉄)を混入した顔料にて施し補修を行っています。此の色は朱というより少々鉄さびの色に近い為今回の社殿には大変好都合で、既存の生地の色に馴染む方向となりました。
また前述の様に“神と人との間”を、この朱を用いて墨さしによる金箔ばりの飾り金物に対比できることで更なる神との間を表現でき、調和に対する解決の糸口を見つけ出す事にもなりました。
大工工事においては蓑甲(破風の前垂れ)の図面を渡しながらも何度もやり直しをさせてしまいましたが、それに屈せず最後まで一緒になって理想の曲線を造って頂きました。同じような事は銅板葺きの板金工事にも起きています。
唐破風のてりむくりでは、やはり蓑甲について何度も変更を余儀なくさせたことに屈せず、こころよく対応して頂いた事で、より理想的な曲線が誕生しました。
本殿、拝殿では懸魚を新しくし、唐破風では兎の毛通しという懸魚を平にしたような妻飾りを新しくしました。この妻飾りでは雷と芭蕉の葉を文様で表現しています。
昔々、岩津の山に神のおとずれがありました 一条の雷と共に芭蕉の葉に乗って降臨された菅原道真公でした
この度の岩津天満宮再興百年記念事業における本殿拝殿改修工事は、この“謂れ”を最も重要な設計の理念とさせて頂きました。
“神と人の間”にこの社殿の建築があります。この神奈備の静けさの中で少し怖いような、其れでいて安寧でいられる様な建築とその意匠を参拝者に感じ取って頂ければ幸いです。
このような記念事業に参加の機会を与えて下さいました岩津天満服部宮司並びに職員ご一同に伏して感謝致します。
また中根組、職人集団の皆さんの技術と人柄に感謝します。
皆様が安寧でありますように。
岩津天満宮発行「てんじんやま 平成24年1月1日号本殿再興百年記念事業 御社殿竣工」に寄稿
改修工事後
撮影:堀尾佳弘